K go to NEXT:いばやスタイル実践記

ibaya《いばや》坂爪圭吾さんリスペクトブログです


    場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階 (外階段をあがって右側、最初の扉)
    定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)
      使いたいかたはKまでご連絡ください
      メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。
      電気、照明あり。水、トイレあり。ガスは当面 使えません。
      シャワーは1階でお願いします。
      ベッドも布団もありません。
      空気で膨らませるソファがありますが、寝るには不適かも。
      (ドライヤーと扇風機を1階から借りてきて設置してください)
      宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。



言葉/言葉を超えているもの/大切なものはいつも言葉を超えている/それでも言葉もつかっていく

昨日、宮古から帰ってきたばかりのひとみちゃんと会った。
日々の暮らしに紛れ潜んでいた宮古の空気感が、風になって私の中を吹き抜けた。

 

今年の夏の旅は、筆舌に尽くしがたい。
生まれ変わりの夏、生き変わりの夏だった。

 

本当に素晴らしい方々は、淡々と自分のすること・したいことを行うだけで、実は多くを語らなかったりする。
それをすくい上げ拾い上げて、なんとか 伝えようと もがいてみるものの、所詮は自分の中にある言葉でしか表現することができず、あるいは、内側から湧き出ずる歌や舞でしか表現することができず、なんとも心許ない気持ちになる。

 

言葉を発すれば発するほど、自分の受けた感銘やインパクトからはどんどん遠ざかり、それが誰かの元へ届いたときには、もうまるで違うものになってしまっていて、もともと伝えたかった「あの感じ」は、自分と相手との真ん中あたりで失速して落下し、ペチャンコになっている…。そんな経験を誰しも しているのではないだろうか。

 

宮古で功さんと仙人に出会って感じたのは、そういった類のものだった。

淡々と生きているその姿は、私が言葉にしても「ふーん」と流されてしまうような陳腐なものになってしまい、うまく言葉を紡げない自分をもどかしく感じる。けれど、それを何かの形でとどめないままに放置し自分の中で風化させることを、私は自分に許したくない。

 

とどめなければいつか忘れ去る。体験したこととそれを忘れることのあいだの時間が年々小さくなっていることを思えば、もう一瞬たりとも無駄にはできない、そんな気がしてくる。

 

 

モデル・俳優・ミュージシャンの小木戸利光さんと写真家のホンマタカシさんのトーク&パフォーマンスのイベントに参加した。

2017/09/22 Fri小木戸利光×ホンマタカシ「日々かわりゆく表現の形 トーク&パフォーマンス」『表現と息をしている』(而立書房)刊行記念


恥ずかしながら、お二人のことは全く存じ上げなかったのだけれど。皆川公美子さんFacebookへの投稿を読んでピン!と来て、すぐさまチケットを取った。

 

 ↓これはスクリーンショットです。リンクには飛べません。

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最初のパフォーマンスで、一気に世界に引き込まれた。ホンマさんの奏でる音楽の中、小木戸さんが行う身体表現で、なにか、小さな光の粒のような光の波のようなものがなんども押し寄せてくるのを感じた。それはまさに波だった。それは投げかけられ、私にぶつかって音もなくきえていった。
さらに。透明にキラキラと光る液体。ホンマさんの被りもののツノから採取して、それをいただく小木戸さん。その透明な液体が私にははっきりと見えた。

 

トークも素晴らしかった。
驚いたのは、ついさっきひとみちゃんと「言葉というものの限界」「本当にすごい人は自分のことを語らない、だってそれが当たり前になっているから」みたいなことを話していたのに、イベントでも「言葉で表現することと、言葉では表しきれないもののこと」について、「表現者の意図を超えて現れ出てしまうこと」について、「多弁であることで本質から離れてしまうこと」について、「沈黙の中にこそ なにかその人の本当の音があること」についてなどなど、思い切りテーマがシンクロしていて、そのことを「ああ、そうだよね、そういう生き方に変えたからシンクロは当たり前だよね」という気持ちと「うわー!すごすぎる〜!!」という気持ちがない交ぜになって、なんだか感慨深く聞いていた。


ホンマさんの「すべてを言ってしまうのは野暮」という感覚もとてもよくわかるし、その抑えた中にほとばしるエネルギーを感じることが、表現したいものをよりいっそう際立たせるのだろう、ということも感じた。

 

終了後、小木戸さんの本『表現と 息を している』を買った。じっくり読みたい。

CDも。ホンマさんのニュードキュメンタリー映画の冊子も。
浸りたいと思う。そういう時間が私にはとても大切。

 

これから小木戸さんが何を表現していくのか、どのように表現していくのか、見ていきたいとつよく願った。見届けようと思う。

ありがとうございます、公美子さん。素晴らしいかたを紹介してくださって。本当にありがとう。

 

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躁のかたに役立つ情報!日常生活で気をつけること

えー、病気についてカミングアウトしたところで、以前から通っている鍼灸の先生がおっしゃっていた躁について役に立つ話を書こう。

鍼灸といえば、フィジカルな症状を緩和するのがふつうだと思うが、私の通っている齋藤鍼灸院では、メンタル系の患者さんもたくさんいる様子。
躁状態の患者さんも少なくない。
私がとうとう精神科に再び通い始めたと言うと、先生はこれまでの経験から次のようなことをアドバイスしてくれた。

1日に予定は2つまでにすること
夜は0時までに就寝すること

どういうわけか、なんでも最速でできるような気がしちゃうんだよね。しかも、少し前までは実際できてたし。
もっとも効率的なやり方を瞬時に把握できて、そのとおりにやるだけで簡単にいろいろ完了しちゃって、急に自分の頭が良くなった気がしたもん。

その記憶が鮮烈なものだから、その後、少し脳が疲れてきてだいぶ頭の回転が鈍くなってきているのに、それを忘れてガンガン予定を詰め込むし、なんでも安請け合いしちゃう。
結果、約束を忘れたり、ダブルブッキングしたりして、慌てることになる。

「1日に予定は2つまで」であれば、仕事がある日なら仕事ともう一つだけしか予定が入れられない。それなら、万一 忘れたり、いろいろやらかしちゃったとしても、元々の約束自体を絞っているので、被害を物理的に抑えることができる。

結果、夜もまともな時刻に帰宅でき、就寝できる。
これによって充分な睡眠時間を確保でき、脳を休ませることができる。

躁状態というのは、脳が暴走している状態らしい。これを齋藤先生は原発に例えた。

うまいこと冷却しながら動かせば、効率的にエネルギーを活用できるが、何かのはずみで冷却されないまま動かし続けると、熱を持ち暴走する。原発というのが物騒なら、コンピュータの熱暴走と言えばいいかも。

メルトダウンしないように、うまく冷やして脳を休ませることで、最高のパフォーマンスが出せる。その一番の冷却剤が精神科で処方される薬だとのこと。

すごく よくわかった。納得した。
薬を飲むのも、脳を休ませるためと思えば、嫌ではない。

齋藤先生、素晴らしいです。なかなか予約が取れないのがたまにキズだけど。

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(「冷静と情熱のあいだ」的な)健康と病気のあいだ

健康と病気のあいだ、「健やかである」ことと「病んでいる」ことの境界線はどこにあるのだろう?

 

7月くらいから、いつもよりかなり睡眠時間が短くなっていた。

寝つきが悪いわけではなく、2~3時間眠ると目が覚めてしまうのだ。

そして、もう一度寝ても また1時間くらいで目が覚めてしまう。

そうこうするうちに4時とかになり、あたりはもうすでに明るく白んでいるから「もう起きるか」という気分になり、起きてブログを書いたり、Facebookをチェックしたり。

 

そんな感じで睡眠時間が短いために、昼間、めっちゃ眠くなる。

事務仕事なのでパソコンに向かって作業をするのが割と普通の状態なのだけど、ヤバいので席を立つ。

トイレに行くと座ったままトイレで寝そうになったり。

仕方ないので昼休みの1時間のうち、最初の30分を昼寝に充てて、残りの時間で食事をする、みたいなスケジュールを組んだりした。

 

眠くなくても、なぜか落ち着いて机に向かっていられない。

普段の自分と比べて離席率が異常に高くなっていた。

隣のビルが解体工事をしているのだけど、その振動が気になって気になって集中できない(と思ってた)。

口の中が乾く感じがして、うがいをして口に水を含んでいる時だけ心地よいので、ずっとうがいをしていたくなってしまう。

 

過敏になっていた。

明らかにおかしい。

 

以前の私は集中力が半端なくて、仕事も3時間くらいは平気でぶっ続けでやっていた。

一息入れようと伸びをすると、朝9時に始めた仕事なのに もうあと五分で昼休みなんてことも、ザラだったのに。

 

宮古島に行く前に、職場の上司から言われた。

「最近ぜんぜん仕事が手についてないよね?病院に行ったほうがいいと思う」と。

宮古島で夫からメールを受け取った。

「病院に行ってほしい」と。

(夫からのメールには文字で書かれたこととは別のネガティブエネルギーが載っていたため、私はエネルギーの方に気を取られ、反発し、メールには返信しなかった)

 

長い付き合いの上司と夫からほぼ同時に同じことを言われたことは、結構なショックだった。

「以前」の状態を知っている二人である。そんなに自分は「おかしく」なっているのか。

宮古で、「すべての会話に入ってくる」といわれたこともかなりキツかった。そんな気持ち悪いことをしていたのか…という感じだった。

自分としては必要性はほとんど感じていなかったが、一応 受診しておけば文句ないだろう的な考えもあり、渋々ながら鬱になったときにお世話になった主治医を訪ねた。

 

先生は私の顔を見た瞬間、「Kさんは双極性だったんだねぇ…それが鬱の時にわかっていればなぁ」と言った。そんな瞬間的にわかるほどなのか…。いろいろな意味でこれまた衝撃を受ける。

 

そういえば鬱になる前、ハイテンションだった。今 思えば、あれは躁だったんだ…。

経験のない部署に異動したこと、昇進して部下を指導する立場になったこと、それなのに仕事がたまっていく一方で自分の役に立たなさ加減を情けなく思っていたことなど、仕事上のストレスで鬱になったと思っていたが(もちろんそれらも確かに関係していただろうけれど)、それ以前に躁状態の時期を過ごしていたんだ。。。

 

双極性障害

 

弟がその診断を受けていた。

ずいぶん前のワールドカップの年、弟は自殺未遂をし、まだ存命だった父が気づいて一命をとりとめた。

搬送先の病院で躁鬱だったことが判明した。サラ金への度重なる借金の理由がようやく分かった。

父も双極性かどうかわからないが、明らかに鬱の症状が出ている時期があった。私たちが未成年だったころ、酒を飲んでは「切腹する」と言って、私たち家族をげんなりさせた。

父なりに自分の人生や家族に対する悔恨の気持ちがあって、それをそんな形であらわしていたのかなと思う。そんなに気に病むような暮らしではなかったのに。毎日ご飯も食べられたし、社宅のアパートではあったが文字通り「狭いながらも楽しい我が家」だった。大学進学こそ叶わなかったけれど、就職後、自分で貯めたお金で夜間 大学に通った時期には、給料からわずかな金額を母に渡すだけで、衣食住すべて面倒見てもらっていた(家族のありがたみが身に染みたのは一人暮らしを始めてからだ)。

 

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閑話休題

 

健康と病気の境目、境界線はどこなのだろうか。

自分の基準では、その症状・状態であることで「自分が辛くないこと」「自分や家族、周囲の人が困っていないこと」をクリアできていれば病気ではないと思っている。

これで判断すると今の私は、まさに健康と病気のあいだギリギリのところだ。

病気だろうか。それとも健康だろうか。

 

自分は辛くないと思っていた。昼間の眠気は夜寝ていないからだと思っていた。でも処方された薬を飲んだらかなりの長さで睡眠時間を確保することができて、昼間眠くなることはほとんどなくなった。楽になった(つまり以前は辛かった)。

夫は私の帰宅時刻を気にしていた。たった一晩の徹夜で躁転(ひどい躁状態になってしまうこと)する場合もあると知って、心配していた。私は束縛されている気がして余計に家に帰りたくなくなり、でもせめて終電には間に合うように努力はしていた。そのあたりに摩擦が生じ、この前はとうとう怒鳴りあいの喧嘩に発展した。喧嘩なんてこの18年間でほぼ皆無だったのに(夫がいつも我慢していたのかもしれない)。

こう考えてみると、たぶん病気なのだろう。職場の上司も含め、周りの人も困っているし。

 

薬は飲みたくなかったが、躁の時期から服薬しておくと鬱期に落ち込む度合いが浅いと聞いた。

薬は感情の揺れ幅を緩やかにするものらしい。

そうならば。

そして今、弟は3年めという長い鬱期の真っ只中で病院にも行っていないのだけれど、私が同じ躁鬱で、薬を飲んだらどれくらいでどうなるか、身をもって実験して、弟に体験談を伝えることができると思った。

どんな結果にになるにせよ、彼の身の振り方の参考になるな、と。

そう思ったら、服薬に前向きな気持ちになれた。

一生薬を飲むことになると言われたことはショックだけれども。

 

健康と病気のあいだ、ギリギリのところでなんとか生きている。

 

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隠れ家「エイル(Eir)」ができました

 

菊名のごちゃまぜの家(カッコよく言うとScramble House Tokyo)の2階に隠れ家「エイル( Eir )」を調えることができた。

先日、ご家族総出で来てくださった不動産会社のSさんを中心に、鉄砲玉えりか姫・たくちゃん&W一家、チーム ゼロのほっしーさん&徹くんたちが、襲い来る蚊や(蚊対策で窓を閉め切ることによる)暑さを回避しながら、障子と網戸の張り替え、アプローチへのウッドチップの敷き詰め、全体の掃除などなど書ききれないたくさんの作業と、その仕上げに畳のお浄め拭き×3回を、汗だくでしてくれた。

わたしは、と言えば、少し草むしりしようかな…と庭に出たものの、あっという間に数か所蚊に刺され這う這うの体で屋内に逃げ込んで、ギタレレをポロポロやったり、かと思えば、急に近隣駅まで出かけたりで、部屋の掃除にはまったく関与せず…

そうこうするうちに夕方になり、W家のMさんに夕飯づくりをリードしてもらい、えりか姫・ほっしーさんとともにお手伝いをして、ずっと食べたいと思っていた肉じゃが、焼きナス、味噌汁などなど野菜たっぷり、子どもたちがはしゃぎまくって ごちゃまぜ感たっぷりの素晴らしい晩餐になった。

みんな忙しい中そして暑い中、力を貸してくれて本当にありがとう。 

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陽当たりのいいところがすき。そして風通しのいいところがすき。

窓という窓はできれば常に開けておきたい。

三方に窓のある部屋は望んでもなかなか巡り会えないから、とても嬉しい。

  

以前書いたように、この部屋は主に、ちょっと一人で籠りたい鉄砲玉、癒しが必要な鉄砲玉の隠れ家として機能させたいと考えています。使いたい場合は事前に連絡をお願いします。

鉄砲玉でなくても直接の友人であれば、必要に応じて使っていただこうと思っているので、必要になったかたはご連絡ください。 


隠れ家「エイル」のご利用案内

場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階、外階段をあがって右側、最初の扉です。

定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)。

 

メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。ガスは使えません。

電気、照明あり。水、トイレあり。シャワーは1階でお願いします。

ソファもベッドも布団もありません(近々、空気で膨らませるソファを導入予定です)。

宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。


 

エイル(Eir)(Wikipediaより抜粋)

古ノルド語で「援助」や「慈悲」という意味のある、北欧神話に登場するアース神族の女神。ワルキューレの一人でもあり、死者を蘇らせる能力と結び付けられている。特に薬草に詳しく、死者を復活させることもでき、肉体的な治療だけではなく、精神、感情、霊的な治療も行っていたとされる。

 

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 アカネさんも別件を済ませて駆けつけてくれたよ〜。

 

かつての声を失って代わりに得たもの。コーラスとダンスと新しい仲間たち。

今わたしは、以前の声を失っている。
宮古から帰ってきた直後は普通に喋ることすら ままならなかった(なので余計なことをしゃべらずに済んだ。「絶賛 自分と向き合い中」だったので、むしろちょうどよかった)。

にもかかわらず、歌だけは歌えた。それも、これまで得意だった中高音域の歌ではなく、男性ヴォーカルの曲や、女性のアルトやハスキーヴォイスのかたの曲が非常にしっくりくる。そして謎なことに、コーラスなら高音も難なく出るのだ。

以前ならこんなコンディションでカラオケに行くなんてありえなかったが、なぜかカラオケに行ったり、音楽イベントに参加したりして、新しい声の使い方に慣れていこうとしている。
そして、もしかして元の声はもう戻ってこないのかもしれない、と感じたりもしている。

わたしの音楽つながりの友人たちもその多くが、様々な理由により かつての声を失っている様子。単なる風邪とか、使いすぎとか、そういうことではないな、と直感した。

ここからは勝手な妄想なのだが、これまでの声を捨てよということなのかもしれないと思う。
これまで何十年間か、自分のやり方で声を発し、それなりに声を使いこなしてきたわけなのだけれど、それではもう伝わらない時代になったから。

かつてのやり方では通用しない。
あるいは。
言葉を捨てよ、ということなのかもしれない。
言葉を使うにはどうしても思考を使う。それを越えろ というということか。頭を使うのではなく、その瞬間を感じ取ってそこから表現していくツールにせよということか。

 

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誰かのリードヴォーカルに合わせる形で、即興でコーラスを乗せる というスタイルの演奏が今、自分の中で面白くてしかたがない。
こんなこと、自分にできるとは思っていなかったのだけど、8月22日の鳥羽玲糸ちゃんのイベントで初めて体験して、それからずっとそんなことをやっている。それだけでなく、歌い、踊り、手を叩き、空間を自由に移動しながら、内側からやってくるものを表していく。

 

玲ちゃんのイベント↓

 

REBOOOOORN祭で出会ったのりちゃんのイベント いのちの舞 vol.2

 


即興なので、「同じものをもう一度」というリクエストに完璧に応えることはできない。それでもその時その場に一番必要な音と波動を出しているという自信はある。

そして、「ああ、自分はこれをやるために、今世 生まれてきたのだな」とわかってしまった。中二の夏休み、指の皮を何度も剥きながら毎日ギターの練習をしたのも、学生時代にバンドをやってたのも、社会人になってから10年以上もコーラスを続けていたのも。
ああ、全てはこのためだったのか、と。


日本中、いや、世界中の様々な場所がわたしを呼んでいる。
そこで歌って舞って、何かを完結させる。それをしにいかなくちゃ、なんだ。

 

楽器としての体をうまく使うこと、柔らかくしていくこと、それによって心も十分にほぐしていくことなどを改めて楽しみながら勉強していくことにした。
元氣堂で出会った古賀有紀さんがそういったイベントを多くやっている様子なので、かなりお世話になる予定。それだけでなく、個人的にもいろいろ体を使ったワークをしたりカラオケで声を出し合って遊んだりしていくみたい。

そんなこんなでイベントに参加。↓

 

 

初めての大神島は懐かしい場所だった。あちこちで涙があふれた。蝶が私たちを導いてくれた そこは天国のようだった。

あまりにあまりに素晴らしすぎる日々。
ただ書き留めることすらままならない。

けど、そこをなんとか、そこをなんとか…と、ギリギリのところとして、あえてまとめずに、説明もなしに、降りてくるままに伝えます。
伝わるべきひとに届くこと、わかってるから安心。

 

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今回の宮古への旅で、大神島には二度行った。

最初の大神島で、生きる道筋をもう一度見せつけられた。大切な友人を通じて。

 

どんなに大好きなひとたちとも、いつかは死に別れる。そして私たちは本当は死なないから、それはただの幻想なのだけど、死ぬと思い込んでいれば、死んだという夢を見続けるし、夢の中をふわふわと何千回も何万回も転生し、人生を生き直し続けることはできる。

けど、そこから飛び立つと決めてきたよね。もう転生は終わりにするって。
今は確かに楽しかろう。一時の夢を楽しんでもいい。

寂しかったよね?抱きしめて欲しかったんだよね?切り離された気がして、どうしたらいいかわからなくなったよね?
わかるよ。わたしは あなただから。
でも、そろそろ目を覚まそうか?

 

夢は夢でしかない。
ただの夢。儚く消え去る。ただ、ひととき、そこに煌いて咲き誇り、散ったあとに 残り香をしばらく漂わせ、いずれ跡形もなく消える。
そんなものに囚われていては。いつまでも囚われていては。

約束があったでしょ?
忘れた?
忘れてなんかいないよ。
覚えているから、涙が出るよ。時々 急に、なんでもないのに涙が出るのは、覚えてるからだよ。忘れてないからだよ。
わかっているのにできていないから。ズレた生き方をしている自分をかなしむ涙だよ。
約束を自ら忘れるように仕向けたことも、過去のことだからどうでもよくて。
ただ、肚の底では思い出しているその、その約束を果たす時がもう目の前に迫ってる。

迫ってるって言ったって、それは心理的なもので、物理的に迫ってなんかないから、そしてそのことを知ってるから、いつまでもいつまでも寄り道ばかりしてしまう。
本当はどうでもいいひとに執着したり、どうでもいいことを後生大事に守ってみたり。


「時間がない」と脅すひと、嫌いだった。時間なんてただの思い込み。なのに何故そんなふうに脅すの?と。
だけどね、あまりに長いこと遊び呆けてると、「時間だよー」と叩き起こしたくなるひとがいても仕方ないかな、と最近は思う。

 

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最初の大神島は懐かしかった。帰って来た!と感じた。全然知らない島なのに。

とある場所で「あ、ここ、ふるさとだ」とわかった。ここにいたことがあって、その時は愛しいみんなのために悲しい選択をしなくてはならなくて、わたしは海に消えたんだ。そう、波間に消えた。

その場所にもう一度立つと、もうそのまま海に還りたくなってしまった。どんどん歩けばいいだけ。ただただ前に足を進めればいいだけだ。簡単なこと。そしてわたしはもう一度この島の海になるんだ。

だけど、友人Mちゃんがこの世に引き戻してくれた。危ないところだった。もう少しで帰ってこられなくなるところだった。

(Mちゃんはいつもわたしをこの世界に引き戻してくれる。どこかへ飛んで消えてしまいそうになるわたしを。今日もまさにそうだった。いつもいつもありがとう!そして、そんなことばかりさせて ごめんね)

 

違う未来を選択するんだ。

過去は過去なんだ。もう一度同じことをしなくていいんだ。

新しいことをしよう。

体験したことのないことを、感じ尽くして味わいつくして、もういいよ、って卒業しよう。人間を卒業しよう。この宇宙を卒業しよう。

 

それをわたしたちはやっていくんだ。決めてきたことだから。

Mちゃんも同じ世界の住人で、わたしも彼女もそうしてファンファーレを演奏しながら進むんだ。こっちだよ、こっちだよって。

一緒に行く人は行こう。まだ遊んでいたい人は存分に気がすむまで遊んでね。どっちにしろ、やり尽くすまでは終われないんだから。

 

 

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姪っ子に開口一番「K姉ちゃん、なんかひとが変わったみたい…」と言われた。だから「うん、そうね、変わったよ。生まれ変わったんだ」と答えた。

東京に戻ると、すっかり秋の気配だった。空が高くなっていて、雲が秋の雲で。
夏の終わり、南の島を旅して帰るといつも感じる「ああ夏が逝ってしまう…」という惜別感。

そんなことを感じながら荷解きをし、洗濯機をガンガン回す。風が爽やかだから、洗濯物もどんどん乾いて、気分がいい。


洗濯をほぼ終えたタイミングで電話があった。
「もしもし? あれ? K姉ちゃん?」
この春に就職したばかりの姪っ子Sちゃんからだった。声が違ったので戸惑ったのだろう。宮古で旅している間に、私はもとの声を一時的に(だと思いたい)失っていた。

Sちゃん曰く「仕事を辞めることになったから、健康保険とか雇用保険のことを教えて欲しい」。
寝耳に水だった。宮古に旅立つ前々日に義母と食事をした時には、そんな話 微塵も出ていなかったのに。
体調不良で1ヶ月要休養の診断書を提出したら、辞める流れになったという。
「これは会いに行かないとダメなやつだ!」とすぐにわかって、夫の実家へ駆けつけた。

 

大手アパレルメーカーの雑貨店部門に配属されたSちゃんは、店長が体調不良で倒れたことにより、店舗内で唯一の社員となってしまい、新入社員であるにもかかわらず店を切り盛りしていくことになった。そのプレッシャーからか蕁麻疹や急な腹痛、頭痛、吐き気などに悩まされながらもそうそうシフトに穴を開けられず、なんとか出勤していた。同僚たちとの関係は良好だったから、余計に「みんな頑張ってるんだから、頑張らなくちゃ申し訳ない」という思いがあった。が、8月後半のある日、突然、ベッドから起き上がれなくなったという。退職が決まり有給休暇扱いで休んでいる今も、朝は具合が悪くて起き上がれず、午後になると少し動けるとのこと。

 

話を聞いて涙が出た。彼女を抱きしめて、背中をポンポンしながら言った。

辛かったね。よく頑張ったね。お店もチームも大好きだから、出勤したいのにできないのが、本当に嫌だったよね。どうしてなんだろうと思ったよね。大丈夫。もういいよ。よく頑張ったから しばらくゆっくりしよう。朝も無理して起き上がらなくていいよ。午後だって好きなだけダラダラしてればいいよ。何も問題ないよ。しばらくゆっくりしていたら、体もまた元気になるよ。そしたらまた、やりたいことを始めればいいんだから。今は疲れちゃってるから、やりたいことなんて思い浮かばないかもね。それでもぜんぜんOKだよ。やりたいことがあればやればいいし、なければ のんびりしてればいい。
私ね、最近、Sちゃんくらいの年頃のお友達がたくさんできたのだけど、みんなお仕事してないよ。前はしてたけど辞めたってひとも 結構いる。でもお仕事してなくても とても楽しそうに過ごしてるよ。
心配いらないよ。大丈夫だよ。ずっとずっと味方だよ。いつでも呼んでね、今日みたいに。

 

Sちゃんは声を出さずに、静かに涙を流していた。Tシャツの胸の部分がしっとりしていくのを感じながら、私は彼女を抱きしめ続けた。

 

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