K go to NEXT:いばやスタイル実践記

ibaya《いばや》坂爪圭吾さんリスペクトブログです


    場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階 (外階段をあがって右側、最初の扉)
    定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)
      使いたいかたはKまでご連絡ください
      メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。
      電気、照明あり。水、トイレあり。ガスは当面 使えません。
      シャワーは1階でお願いします。
      ベッドも布団もありません。
      空気で膨らませるソファがありますが、寝るには不適かも。
      (ドライヤーと扇風機を1階から借りてきて設置してください)
      宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。



やっちまっていた!!!!!

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昨日は(いきなり余談だが、昨日なのか⁈ あれは昨日のことなのか⁈ 信じられない! 時間の感覚が明らかにおかしい…)「今、一番そばにいてほしいひと」 にその切実な願いが届き、神はいる!!と確信を深めることができた素晴らしい日だった。

ちなみに…お分かりかと思うが、この「今、一番そばにいてほしいひと」というのは 坂爪圭吾さん のことである。

岡山駅ドトールまで来てくれた圭吾さんは、少しだけ疲れているように見えた。
席に落ち着いてからも、自分は本当に聞いてもらいたいことを単刀直入に言えずに、時候の挨拶的に前日のイベントのことを聞いてみた。すると圭吾さんは

「ふつうでした。もう終わったことなので、興味ないです」的なことを言った。

こういうところも、このひとは本当にすごいと思う。

「本当に伝えたい言葉を持っているのに、なぜ言わない?」とばかりに畳み掛けてくる(気がした)。なので、覚悟を決めて、ほんの10分前にアップしたばかりの昨日の記事を読んでもらった。

 

昨日の記事 → 今、一番そばにいてもらいたいひとに、リクエストする

 

読んでもらっている間中、自分は泣いてしまっていた。

何の涙なのだろうか。
懺悔の気持ちも もちろんあった。だけど なんだろう、それとは違うものも含まれている気がした。「もう ふた昔も前の裏切りを、未だに許せないくらい傷ついてしまったことを惜しむ涙」か。

ゆるせないのは辛い。ゆるせない思いは心を固く縮こまらせる。
ゆるせない・ゆるさない、ということは、その ゆるせないこと や ひとに、自分の心をずっと縛りつけ、血を流し続ける、ということだ。

自分は ばかみたいに何も考えずに無邪気に、不用意に、その未だ乾かない傷痕に近づいてしまった(たぶん、ばかなんだろうと思う)。

原因である張本人が言うのもなんだが、もう自分の心を解放してあげてもいいんじゃないか、と思う。もう20年も前のことなのだ。こういうふうに思うことが「デリカシーがない」ということなのかもしれない(二十歳より前に、やっぱり色恋沙汰のごたごたで「デリカシーがない」という言葉を投げつけられたことがあった)。

 

 

今日になって、落ち着いて中国地方の地図を見て、やばい!と思った。
やっちまっていたよ、自分!!!!!

自分としてはかなり圭吾さんのいる場所に近づいていたつもりだったのだが、旅のルートからずいぶん外れて遠回りをさせてしまっていたことに、ようやく気づいた(その場でもそれらしきことを聞いたのだけど、自分は感情の波に翻弄されて いっぱいいっぱいで、実感が湧いていなかった)。

しかも圭吾さんは、実は体調を崩していた。前々日の海辺での野宿が若干いけなかったらしい…。その上、2時間以上も冷房の効いた電車に揺られて来たのだ。

 

うわーーーーー! やっちまってたーーーーー。と思ったが、でも、と気を取り直す。

 

圭吾さんは、ここに寄ることを嫌だと感じるなら来ないひとだ。
体調が超絶悪くて やばい状態だったら、断るひとだ。
だから、来てくれたということは、そこはOKなんだ。と。

にしても、ごめんなさい。今ごろ気づきました。今度から地図を見てから行動します。。

 

圭吾さんの旅の安全を心から祈る。

 

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7月9日、一粒万倍日に浅草寺で旅の安全を祈願してきました。