いばやスタイル実践記〜歌とACIMと ときおり数秘

ACIM(奇跡講座・奇跡のコース)学習者による ibaya《いばや》坂爪圭吾さんリスペクトブログ。即興の歌やトリニティ数秘術、クリスタルボウルについても語ります


    場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階 (外階段をあがって右側、最初の扉)
    定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)
      使いたいかたはKまでご連絡ください
      メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。
      電気、照明あり。水、トイレあり。ガスは当面 使えません。
      シャワーは1階でお願いします。
      ベッドも布団もありません。
      空気で膨らませるソファがありますが、寝るには不適かも。
      (ドライヤーと扇風機を1階から借りてきて設置してください)
      宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。



弔いました。そしてまた はじめるよ。

言葉が本当にあふれてくるのを待とう。

どうしようもない衝動となって押し寄せ、喉を押し開いて、雪崩出てくるのを待とう。
それまで、語る声を封じよう。

歌うのはいい。
微笑むのもいい。
だけど、言葉は、それが本当にあふれてあふれて溢れ出てくるのを待とう。

表面を滑っていくような言葉を出し続けた結果、死んでいっている自分がいて、それを、それでいいのかと問うてくれる人がいて。

自分は死にたかったのかな。
何もかもを葬り去りたかったのかな。
そうかもしれないな。
そうじゃないかもしれないな。

今はわからないな。
でもわからなくてもいいんだろうな。

言葉だけで、何かをわかったような気になったり、していたんだ。
感覚だけは鋭いと思っていたのに、それすら、本当の本当にはなんでもなくて、ただの勘違いかもしれなくて。
でも、胸の痛みは確かにあって、涙がこぼれているのも、ほんとうのことで。

こんなに大好きだと思っていることも、ほんとうは、勘違いなのかもしれなくて。
ただ、「そうである自分、そうでありたい自分」を演出するために、自分で作り出した幻影なのかもしれなくて。


だからといって、それがなんだというのだろう!
現実を現実にするのは、こころだよ。
自分が決めるだけのことだよ。
自分がほんとうはどうしたいかだけだよ。

そんなことしってる!
わかってる!

わかってても、何もしなければ、わかってないのと一緒だね。

ほんとうに、ごめんなさい。
これまでの自分に。
そして出会ってくれていた人たちに。
会って、会話して、そこそこ理解しあってると思っていたけど。

見える目が与えられていたのに。
聴こえる耳が与えられていたのに。
語る声が与えられていたのに。
使ってこなかった、これまで。
ごめんなさい。
心から、ごめんなさい。

そして、ようやく目を開けた。
初めて、この目を使うことにした。この耳を、この声を使うことにした。

目の前のひとと、真剣に対峙すること。
一つひとつに心をこめること。

はじめは慣れなくて、また同じことをやっちゃうかもしれない。単なる反射で言葉を出すかもしれない。
でも、それでも何度でも。
諦めないで生きていこう。

ありがとうございます。
これから、よろしくお願いします。