いばやスタイル実践記〜歌とACIMと ときおり数秘

ACIM(奇跡講座・奇跡のコース)学習者による ibaya《いばや》坂爪圭吾さんリスペクトブログ。即興の歌やトリニティ数秘術、クリスタルボウルについても語ります


    場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階 (外階段をあがって右側、最初の扉)
    定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)
      使いたいかたはKまでご連絡ください
      メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。
      電気、照明あり。水、トイレあり。ガスは当面 使えません。
      シャワーは1階でお願いします。
      ベッドも布団もありません。
      空気で膨らませるソファがありますが、寝るには不適かも。
      (ドライヤーと扇風機を1階から借りてきて設置してください)
      宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。



(「冷静と情熱のあいだ」的な)健康と病気のあいだ

健康と病気のあいだ、「健やかである」ことと「病んでいる」ことの境界線はどこにあるのだろう?

 

7月くらいから、いつもよりかなり睡眠時間が短くなっていた。

寝つきが悪いわけではなく、2~3時間眠ると目が覚めてしまうのだ。

そして、もう一度寝ても また1時間くらいで目が覚めてしまう。

そうこうするうちに4時とかになり、あたりはもうすでに明るく白んでいるから「もう起きるか」という気分になり、起きてブログを書いたり、Facebookをチェックしたり。

 

そんな感じで睡眠時間が短いために、昼間、めっちゃ眠くなる。

事務仕事なのでパソコンに向かって作業をするのが割と普通の状態なのだけど、ヤバいので席を立つ。

トイレに行くと座ったままトイレで寝そうになったり。

仕方ないので昼休みの1時間のうち、最初の30分を昼寝に充てて、残りの時間で食事をする、みたいなスケジュールを組んだりした。

 

眠くなくても、なぜか落ち着いて机に向かっていられない。

普段の自分と比べて離席率が異常に高くなっていた。

隣のビルが解体工事をしているのだけど、その振動が気になって気になって集中できない(と思ってた)。

口の中が乾く感じがして、うがいをして口に水を含んでいる時だけ心地よいので、ずっとうがいをしていたくなってしまう。

 

過敏になっていた。

明らかにおかしい。

 

以前の私は集中力が半端なくて、仕事も3時間くらいは平気でぶっ続けでやっていた。

一息入れようと伸びをすると、朝9時に始めた仕事なのに もうあと五分で昼休みなんてことも、ザラだったのに。

 

宮古島に行く前に、職場の上司から言われた。

「最近ぜんぜん仕事が手についてないよね?病院に行ったほうがいいと思う」と。

宮古島で夫からメールを受け取った。

「病院に行ってほしい」と。

(夫からのメールには文字で書かれたこととは別のネガティブエネルギーが載っていたため、私はエネルギーの方に気を取られ、反発し、メールには返信しなかった)

 

長い付き合いの上司と夫からほぼ同時に同じことを言われたことは、結構なショックだった。

「以前」の状態を知っている二人である。そんなに自分は「おかしく」なっているのか。

宮古で、「すべての会話に入ってくる」といわれたこともかなりキツかった。そんな気持ち悪いことをしていたのか…という感じだった。

自分としては必要性はほとんど感じていなかったが、一応 受診しておけば文句ないだろう的な考えもあり、渋々ながら鬱になったときにお世話になった主治医を訪ねた。

 

先生は私の顔を見た瞬間、「Kさんは双極性だったんだねぇ…それが鬱の時にわかっていればなぁ」と言った。そんな瞬間的にわかるほどなのか…。いろいろな意味でこれまた衝撃を受ける。

 

そういえば鬱になる前、ハイテンションだった。今 思えば、あれは躁だったんだ…。

経験のない部署に異動したこと、昇進して部下を指導する立場になったこと、それなのに仕事がたまっていく一方で自分の役に立たなさ加減を情けなく思っていたことなど、仕事上のストレスで鬱になったと思っていたが(もちろんそれらも確かに関係していただろうけれど)、それ以前に躁状態の時期を過ごしていたんだ。。。

 

双極性障害

 

弟がその診断を受けていた。

ずいぶん前のワールドカップの年、弟は自殺未遂をし、まだ存命だった父が気づいて一命をとりとめた。

搬送先の病院で躁鬱だったことが判明した。サラ金への度重なる借金の理由がようやく分かった。

父も双極性かどうかわからないが、明らかに鬱の症状が出ている時期があった。私たちが未成年だったころ、酒を飲んでは「切腹する」と言って、私たち家族をげんなりさせた。

父なりに自分の人生や家族に対する悔恨の気持ちがあって、それをそんな形であらわしていたのかなと思う。そんなに気に病むような暮らしではなかったのに。毎日ご飯も食べられたし、社宅のアパートではあったが文字通り「狭いながらも楽しい我が家」だった。大学進学こそ叶わなかったけれど、就職後、自分で貯めたお金で夜間 大学に通った時期には、給料からわずかな金額を母に渡すだけで、衣食住すべて面倒見てもらっていた(家族のありがたみが身に染みたのは一人暮らしを始めてからだ)。

 

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閑話休題

 

健康と病気の境目、境界線はどこなのだろうか。

自分の基準では、その症状・状態であることで「自分が辛くないこと」「自分や家族、周囲の人が困っていないこと」をクリアできていれば病気ではないと思っている。

これで判断すると今の私は、まさに健康と病気のあいだギリギリのところだ。

病気だろうか。それとも健康だろうか。

 

自分は辛くないと思っていた。昼間の眠気は夜寝ていないからだと思っていた。でも処方された薬を飲んだらかなりの長さで睡眠時間を確保することができて、昼間眠くなることはほとんどなくなった。楽になった(つまり以前は辛かった)。

夫は私の帰宅時刻を気にしていた。たった一晩の徹夜で躁転(ひどい躁状態になってしまうこと)する場合もあると知って、心配していた。私は束縛されている気がして余計に家に帰りたくなくなり、でもせめて終電には間に合うように努力はしていた。そのあたりに摩擦が生じ、この前はとうとう怒鳴りあいの喧嘩に発展した。喧嘩なんてこの18年間でほぼ皆無だったのに(夫がいつも我慢していたのかもしれない)。

こう考えてみると、たぶん病気なのだろう。職場の上司も含め、周りの人も困っているし。

 

薬は飲みたくなかったが、躁の時期から服薬しておくと鬱期に落ち込む度合いが浅いと聞いた。

薬は感情の揺れ幅を緩やかにするものらしい。

そうならば。

そして今、弟は3年めという長い鬱期の真っ只中で病院にも行っていないのだけれど、私が同じ躁鬱で、薬を飲んだらどれくらいでどうなるか、身をもって実験して、弟に体験談を伝えることができると思った。

どんな結果になるにせよ、彼の身の振り方の参考になるな、と。

そう思ったら、服薬に前向きな気持ちになれた。

一生薬を飲むことになると言われたことはショックだけれども。

 

健康と病気のあいだ、ギリギリのところでなんとか生きている。

 

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