いばやスタイル実践記〜歌とACIMと ときおり数秘

ACIM(奇跡講座・奇跡のコース)学習者による ibaya《いばや》坂爪圭吾さんリスペクトブログ。即興の歌やトリニティ数秘術、クリスタルボウルについても語ります


    場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階 (外階段をあがって右側、最初の扉)
    定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)
      使いたいかたはKまでご連絡ください
      メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。
      電気、照明あり。水、トイレあり。ガスは当面 使えません。
      シャワーは1階でお願いします。
      ベッドも布団もありません。
      空気で膨らませるソファがありますが、寝るには不適かも。
      (ドライヤーと扇風機を1階から借りてきて設置してください)
      宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。



言葉/言葉を超えているもの/大切なものはいつも言葉を超えている/それでも言葉もつかっていく

昨日、宮古から帰ってきたばかりのひとみちゃんと会った。
日々の暮らしに紛れ潜んでいた宮古の空気感が、風になって私の中を吹き抜けた。

 

今年の夏の旅は、筆舌に尽くしがたい。
生まれ変わりの夏、生き変わりの夏だった。

 

本当に素晴らしい方々は、淡々と自分のすること・したいことを行うだけで、実は多くを語らなかったりする。
それをすくい上げ拾い上げて、なんとか 伝えようと もがいてみるものの、所詮は自分の中にある言葉でしか表現することができず、あるいは、内側から湧き出ずる歌や舞でしか表現することができず、なんとも心許ない気持ちになる。

 

言葉を発すれば発するほど、自分の受けた感銘やインパクトからはどんどん遠ざかり、それが誰かの元へ届いたときには、もうまるで違うものになってしまっていて、もともと伝えたかった「あの感じ」は、自分と相手との真ん中あたりで失速して落下し、ペチャンコになっている…。そんな経験を誰しも しているのではないだろうか。

 

宮古で功さんと仙人に出会って感じたのは、そういった類のものだった。

淡々と生きているその姿は、私が言葉にしても「ふーん」と流されてしまうような陳腐なものになってしまい、うまく言葉を紡げない自分をもどかしく感じる。けれど、それを何かの形でとどめないままに放置し自分の中で風化させることを、私は自分に許したくない。

 

とどめなければいつか忘れ去る。体験したこととそれを忘れることのあいだの時間が年々小さくなっていることを思えば、もう一瞬たりとも無駄にはできない、そんな気がしてくる。

 

 

モデル・俳優・ミュージシャンの小木戸利光さんと写真家のホンマタカシさんのトーク&パフォーマンスのイベントに参加した。

2017/09/22 Fri小木戸利光×ホンマタカシ「日々かわりゆく表現の形 トーク&パフォーマンス」『表現と息をしている』(而立書房)刊行記念


恥ずかしながら、お二人のことは全く存じ上げなかったのだけれど。皆川公美子さんFacebookへの投稿を読んでピン!と来て、すぐさまチケットを取った。

 

 ↓これはスクリーンショットです。リンクには飛べません。

f:id:K-GO-TO:20170923083233p:plain

f:id:K-GO-TO:20170923083322p:plain

 

 

最初のパフォーマンスで、一気に世界に引き込まれた。ホンマさんの奏でる音楽の中、小木戸さんが行う身体表現で、なにか、小さな光の粒のような光の波のようなものがなんども押し寄せてくるのを感じた。それはまさに波だった。それは投げかけられ、私にぶつかって音もなくきえていった。
さらに。透明にキラキラと光る液体。ホンマさんの被りもののツノから採取して、それをいただく小木戸さん。その透明な液体が私にははっきりと見えた。

 

トークも素晴らしかった。
驚いたのは、ついさっきひとみちゃんと「言葉というものの限界」「本当にすごい人は自分のことを語らない、だってそれが当たり前になっているから」みたいなことを話していたのに、イベントでも「言葉で表現することと、言葉では表しきれないもののこと」について、「表現者の意図を超えて現れ出てしまうこと」について、「多弁であることで本質から離れてしまうこと」について、「沈黙の中にこそ なにかその人の本当の音があること」についてなどなど、思い切りテーマがシンクロしていて、そのことを「ああ、そうだよね、そういう生き方に変えたからシンクロは当たり前だよね」という気持ちと「うわー!すごすぎる〜!!」という気持ちがない交ぜになって、なんだか感慨深く聞いていた。


ホンマさんの「すべてを言ってしまうのは野暮」という感覚もとてもよくわかるし、その抑えた中にほとばしるエネルギーを感じることが、表現したいものをよりいっそう際立たせるのだろう、ということも感じた。

 

終了後、小木戸さんの本『表現と 息を している』を買った。じっくり読みたい。

CDも。ホンマさんのニュードキュメンタリー映画の冊子も。
浸りたいと思う。そういう時間が私にはとても大切。

 

これから小木戸さんが何を表現していくのか、どのように表現していくのか、見ていきたいとつよく願った。見届けようと思う。

ありがとうございます、公美子さん。素晴らしいかたを紹介してくださって。本当にありがとう。

 

f:id:K-GO-TO:20170923084446j:plain