K go to NEXT:いばやスタイル実践記

ACIM(奇跡講座・奇跡のコース)学習者による ibaya《いばや》坂爪圭吾さんリスペクトブログです


    場所:菊名 Scramble House Tokyoの2階 (外階段をあがって右側、最初の扉)
    定員:1名(ただし事情がある場合は応相談)
      使いたいかたはKまでご連絡ください
      メインの畳の部屋と、板の間の台所の二部屋です。
      電気、照明あり。水、トイレあり。ガスは当面 使えません。
      シャワーは1階でお願いします。
      ベッドも布団もありません。
      空気で膨らませるソファがありますが、寝るには不適かも。
      (ドライヤーと扇風機を1階から借りてきて設置してください)
      宿泊希望の方は、当分の間、寝袋持参でお願いします。



2days ACIM(奇跡講座/奇跡のコース)学習会 in 福岡 その1/ACIMとはなにか

福岡で2日間にわたって行われたACIM(A course in Miracles ア・コース・イン・ミラクルズ。私は単に「コース」と呼んでいる)の学習会に参加してきた。

学習会といっても堅苦しいものではなく、自分の体験を分かち合ったり「こんなことがあったのだけど どう思いますか?」などの疑問質問をみんなで考えたりする、シェア会と呼ぶ方がしっくりくるような会で、福岡の心理セラピストでありACIMの学習者でもある もりGさんにご縁がある人々が集まる会となった。

もりGさんのブログ 
もりGさんのサイト 
フジヤマさんのブログ (学習会の主催者)

 福岡のみならず、金沢や東京(私)や千葉からも集まった参加者は、1日目・2日目とも10名ちょっと。

参加者のうち半分以上が3年ほど前に一度はお会いしているかたで、再会の喜びとともに、初めて会うかたがたとご縁を結べた喜びも噛みしめた、フレンドリーな しかし深い解放や学びも味わえた素晴らしい機会だった。

宿泊もできる会場で、私も予約(&すでにチェックイン)していたB&Bを引き払って、夜の懇親会に参加し、流れで就寝前にクリスタルボウルの演奏もさせていただいた。

詳細については、また改めて書こう。
今日は、ACIMについて書きたい。

 

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ACIMについては、ここでは詳しく話したことがなかったように思う。
今の自分の根幹をなすものなのに、いや、根幹をなすものだからこそ、うまく説明できるか自信がなくて敢えて触れてこなかった。7月以降に知り合った友人たちにも、このことはほとんど話していない。
が、これからはこのブログでもACIMを前面に出していこうと決意したので、今日は「ACIMとはなにか」について少し書く。

(この2daysでも「ACIMについてなにも知らない知人・友人から「コースってなに?」ときかれたらどう答えるか」という話題になった…)


【ACIMとは?】

あなたはもしかすると自分のことを「この体が自分である」とか「この世界で ほんのちょっぴりのいいことを楽しみに生きていて、酷い苦しみや辛さを味わう人生を過ごし、あっと言う間に死んでいく儚い生き物」として捉えているかもしれないけれど、本当は「私たちは体ではないし、別々などでもなくひとつであり、実はすでに天国にいるのにそれに気づかずに”地獄のようなこの世界でほんの束の間生きている悲しい生き物である”という悪夢をみている」にすぎない、ということを知らせてくれ、かつ、すでにいる天国に気づかせてくれる道を示してくれる導き。

そのように気づいて生きていくための訓練をする「訓練の書」とも言える。

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以前のブログでACIMについて何度か書いている。そのうちのひとつをコピー&ペーストしてみる。

 

再びACIMとは


2015年02月24日
テーマ:ACIM

 

今、『奇跡講座』のテキスト編を読み返しています。
これから先、折にふれてACIM(A Course in Miracles、奇跡講座、奇跡のコース)の話をしていきますね。

ACIMとは、完璧な非二元の考え方をベースに、キリスト意識へ戻るための前提である心の平安を、「真の赦し」を実践することで達成しようとする 心の訓練カリキュラムです。

「真の赦し」というのは、この世界で一般に行われている「許し」とは違います。

この世界で一般に行われている「許し」は、何かことが起こった時、そこには罪があるとした上で、許す人が寛大にも許してやる、という「許し」です。

ACIMのいう「真の赦し」は、そこに何も見ません。

私は日常生活で「真の赦し」を実践している(少なくとも 実践しようと努力している)のですが、このとき、ACIMのいう「この世界は幻想である」とか「私たちは肉体ではない」という非二元の考え方がとても役に立ちます。

この世界では一般に、私たちが離れ離れの肉体であると考えられています。

自分のことを肉体だと考えていれば、誰もが深刻になるのは当然です。

けれども、私たちは幸いにも肉体ではありません。

ただ、肉体という壁で離れ離れになっているように見えるだけです。

私たちは一つなのです。

これを思い出すだけで、この世界で起こっているように見えることのうち、かなりのことを比較的簡単に赦せる気がします。

   旧ブログ 『光の声が天(そら)高く〜世界共有幻想を超えて』より 

 

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